今週の初め、5月21日は郷土の偉人「野口英世」の命日でした。 22日に今年も「野口英世」威徳を偲んで、「野口英世たたえる集い」という集会が、野口英世の銅像の前で開催されました。 この集会の目的は、地元の小中学生達に「野口英世」について考える機会となり、自分達の将来ついても十分に考える契機と成っていただくためです。 今年も市内34校の小中学校の他に、大震災で避難している「大熊町」の小中学校3校からも参加をしていただき、総勢300名ほどの方々が、お集まり頂けました。 集会の中で、参加者を代表して小中学生から各1名づつの代表の生徒さんが、作文を発表されるのですが、今回は中学生を代表して発表された方の作文が、特に素晴らしい発表でした。 内容は、その生徒さんの手にも軽度の障がいがあり、野口英世との共通点があること、それに負けずに前向きに進むことへの抱負が語られていました。 聞いていて大変気分の良い発表でした。 この様な集会を開催されることで、地元会津に育つ子供達が、自分達の将来に夢を膨らませ羽ばたいて行ってくれることを、切に願うばかりです。
Ishii (2012年5月24日 21:43)
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大勢の皆さんと共に、空を見上げた月曜日。 その今週の初めからいつもお邪魔をする「舩田さん」の田んぼも田植え作業を行いました。 ちょっと暑いぐらいの最高の天気の下、3日間に渡り全ての田に田植えを行いました。 田植え機に乗った舩田さんの話によると「今年の“コシヒカリの苗”は伸びが良く、例年よりは少し大きくなった。 “ひとめぼれ”は例年通りかな」とのこと。 また、他にも「今年は用水の量が多く、田に水を入れる事がスムーズでとても良かった!」 この舩田さんの田の用水は、博士山からの伏流水を源流としている川からもたらされるもの。 これは、冬の間に降る「雪の多さ」が今年の用水の量を増やしてくれたようです。 「水」「気温」「日照」など、様々な要素が整い、取り敢えず田植えを行うことが出来、今年の田んぼのスタートとなりました。 今年はどんな米が出来るのか? 秋までの5ヶ月は、また田んぼに通う楽しみができました。
Ishii (2012年5月23日 22:14)
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今日は日本の広い地域で金環日食を観測できたそうですね。 福島県では浜通り地方(いわき、相馬等)の方で金環日食が観測されました。
同じ福島県でも中通り地方(郡山、福島等)は厚い雲に太陽が隠れていて、日食を観測できなかったそうです。
会津はと云うと…、天候に恵まれて日食を見ることができました
但し、部分日食ですが…。 6時20分頃から観測レンズを両手に持ち
「おっ、欠けてきたぞ」の店主のかけ声に家族がぞろぞろ集まり、
「おっ、欠けてる!欠けてる!」「本当に欠けてるし!」と太陽を見ながら同じような言葉を発していました。 会津では太陽が最大限に欠ける時刻が7時38分頃らしく、TVから流れる金環日食の映像と見比べながら
「もうちょっとなのにね~」なんて呟いてしまいました。
しかし、雲っていて太陽を見られない地域があったことを思えば、とてもラッキーでしたよね。 ネガフィルムの端を重ねて作った手製のメガネで、店主が観測している様子です。
Ishii (2012年5月21日 16:51)
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今日は気温が低いですが、昨日の雨とうって変わって晴天です。
お天道様が見えるのはやっぱり嬉しいですね。 ところで、去る4月7日付けで書いたカマキリの卵の孵化ですが、ここにきても一向に変化がありません。
時々観察を怠っていたので、この間に孵化したのかも…と考えたりもしましたが、それでもあまりにも変化がありません。(実際に孵化した後の卵って、どんなふうになるんでしょうね?) ん~、ん~、ん~…と悩んだ結果、卵を事務所に引っ越しすることにしました。(卵の近くにクモの巣があったりもしたので)
かなりdangerousではありますが、やっぱり孵化瞬間が見たくて…。 卵を室内に入れた事を店主と子供達に知られたら、なんて云われるか分からないのでナイショです。(´∀`*)ウフフ
(ゼッタイ怒られるよぉ~。\ キャー!! /)
Ishii (2012年5月19日 11:18)
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緑色が鮮やかになって来ました。 春の山の緑色も、様々な種類の萌があり緑色のグラデーションがとても綺麗に見えます。 この時期に同じように「山椒」の新芽も出始めます。 会津地方では山椒の葉が出始めると、その家ごとの伝統のレシピで「にしんの山椒漬け」が作られます。 「にしんの山椒漬け」とは? 会津地方に伝統的に作り伝えられてきた会津の郷土食です。
昔、周りが山に囲まれた会津では、海の海産物は大変な貴重品でありました。 江戸時代の物流は、新潟から阿賀川を遡り会津へと入ってきました。 海魚は鰊の保存食の「身欠き鰊にしん」や「棒鱈」が主なものでありました。 身欠き鰊を美味しく食べるために生まれた料理が「鰊の山椒漬」です。 身欠き鰊をぶつ切りにし、山椒の葉を入れて醤油、酢、酒を入れ、2週間程重しをして漬けます。(ちなみに、我が家はこの調味料は同量です。) 生魚が流通していなかった時代には、日持ちする身欠き鰊を、工夫して調理し保存食として食べられてきました。
また、会津美里町では鰊の山椒漬を漬けるための「にしん鉢」が、「会津本郷焼」で作られており、古くは会津の嫁入り道具の一つとされていました。 本日、我が家でも作ってみました。旨く出来たらお米と一緒に送れるかも?と思います。
Ishii (2012年5月18日 17:34)
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